先の衆議院選挙後、「103万円の壁」に代表される“税の壁”“社会保険の壁”“年金の壁”が大きくクローズアップされるようになったことで、手取り、扶養、控除所得税、住民税、年金などの専門用語が連日メディアで取り上げられていますね。
こうした報道を見ると、私たちは日常生活や仕事に取り組むなかで、法律や税制などの大まかな仕組みを理解しておかないと、意外なところで損をしてしまう危険性があることがわかりますし、特に近年は、働き方改革や労働者の減少に伴って、労働者に関係した法律も大きく様変わりしています。
今回は、当社にお問い合わせいただく機会が多く、製造業をはじめとする様々な業界で派遣として働く人が理解しておくべき「労働者派遣法」と、「労働者派遣法」に定められた〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉について解説します。法律は難しくて苦手……という人にも理解しやすいよう、丁寧な解説に努めています。企業の人事担当者の方にもオススメできる内容になっていますので、是非ご一読ください。
「労働基準法」とは?
最初に「労働者派遣法」とは切っても切り離せない密接な関係にある、働く人すべてに関係する「労働基準法」の基礎を学びましょう。
「労基法(ろうきほう)」と略して呼ばれることが多い「労働基準法」は、労働者が毎日、快適に仕事をできる環境を提供することを目的に、労働条件等の最低基準を定めた法律です。
対象は、正規雇用のフルタイム正社員や短時間正社員をはじめ、非正規雇用の派遣労働者、契約社員、嘱託社員、パート、アルバイト、外国人労働者など、働く人すべてになります(下図参照)。
「労働基準法」では主に、下記の項目について定められています。
- 企業が労働者を採用する時は労働条件を書面で明示する
- 企業は労働者のために就業規則を作成し、届け出る義務がある
- 労働者の法定労働時間を守る
- 労働者に対して、休日・休憩・年次有給休暇を正しく与える
- 賃金支払の5原則を守る
- 最低賃金以上の賃金を支払い
- 割増賃金を正しく支払う」など
※より詳細に知りたい人は「厚生労働省 都道府県労働局のサイト」を参照にしてください。
「労働者派遣法」とは?
「労働基準法」の概要がわかったら、次は「派遣法」と略されることが多い「労働者派遣法」についてです。
「労働者派遣法」の正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」と非常に長いのですが、「労働者派遣法」は、労働者派遣事業の制度化、常用型雇用の代替の禁止、派遣労働者の保護を目的とした法律です。
前章で解説した「労働基準法」は、その企業に雇用された労働者すべて(図参照)を対象としていますが、「労働者派遣法」は、下図の赤で囲まれたオレンジ部分を法律の対象とします。
「労働基準法」と「労働者派遣法」の違い
ここまで「労働基準法」と「労働者派遣法」の概要を整理してきましたが、両者の端的な違いは……
労働基準法 → 働く人すべての労働条件について最低基準を定めた法律
派遣社員として働く人も「労働基準法」の基準に適用する労働者派遣法 → 労働者派遣事業※の適正な運営の確保および
派遣労働者の保護等に関する法律
「労働基準法」は、働く人すべての労働条件の基準を示す法律であるため、派遣社員、パート、アルバイトである人も「労働基準法」の基準に適用します。一方の「労働者派遣法」は、法律が適用される対象をより細分化(明確化)したもので、対象はその企業に間接雇用された派遣労働者になります。
また、「労働者派遣法」の概要に“労働者派遣事業”という言葉がありますが、これは派遣元事業主が、自社で雇用・契約した労働者を、派遣先(図では企業A社)の指揮命令を受けて、この派遣先のため に労働に従事させることを業(なりわい)とする事業者のことを指します。派遣元事業主は一般的に「派遣会社」と呼ばれます。
これまでいく度も法改正がなされてきた「労働者派遣法」
「労働者派遣法」は1986年に制定されて以来、以下の観点でこれまでいく度も法改正がなされてきました。
- 短期間で契約を打ち切られてしまう不安定な雇用状態の解消
- 派遣社員として働くことで生じるリスクや、派遣労働者の不安を減らす
- 派遣労働者の、社会的立場の弱さの改善
- 教育訓練などでキャリアアップしたいニーズに応える
- 派遣社員として働きたい労働者の希望を尊重し、派遣労働をよりよい条件にする……など
また、派遣労働者に対する法制度が整えられていなかった時代には、悪質な一部の職業紹介事業や労働者供給事業が行っていた人身売買や強制労働、中間搾取、劣悪な労働環境、低賃金などが社会問題になったほか、2000年代に入ってからは、世界的な金融恐慌や経済市場の変化によって企業の雇用情勢が急激に悪化したことで、大量の“派遣切り”が行われ、非正規雇用者の解雇や雇い止めが大きく取り上げられたこともありました。
なかでも、特に大きな法改正が行われたのは2012年と2015年になります。これらの法改正によって、派遣社員の労働条件や環境は着実に改善してきました。
【規制が強化された2012年の主な改正内容】
- 雇用期間が30日以内の日雇派遣は原則禁止に
- グループ企業内の派遣割合を8割以下に規制(高齢者を除く)
- 離職後1年間は、直接雇用で働いていた社員を派遣労働者として受け入れることを禁止
- 正社員やアルバイト・パートだった人を1年以内に派遣労働者として雇用することの禁止
- 派遣料金と派遣労働者の賃金の差額、マージン率などの情報公開の義務化
【派遣期間の見直し・雇用安定化措置が図られた2015年の主な改正内容】
- 派遣業界の健全化を目的に、全労働者派遣事業が一般労働者派遣事業(許可制)に変更
- 労働契約の申込みみなし制度(厚生労働省「労働契約の申込みみなし制度の概要」参照)
- 派遣期間制限を原則上限一律3年に変更
- 教育訓練の実施や、キャリア・コンサルティング窓口の整備が義務化
- 「雇用安定措置」同一の派遣先の事業所において、派遣可能期間(3年)を超えて派遣就業 することはできないが、派遣社員が働き続けたい場合、派遣先が派遣先の事業所の過半数 労働組合等から意見を聞いたうえで、3年を限度として派遣可能期間が延長される場合がある
「労働者派遣法」で定められた〈3年ルール〉
ここまで、「労働基準法」と「労働者派遣法」の概要と、それぞれの違いを解説してきましたが、いく度の法改正によって「労働者派遣法」は大きく内容が変更されてきましたが、「労働者派遣法」の中には〈派遣社員の3年ルール〉と、〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉というよく耳にするルールがあります。
ひとつめの〈派遣社員の3年ルール〉を見ていきましょう。
労働者派遣法第40条2では、〈一定の期間を超えて派遣労働者を受け入れてはならない〉と定められています。ここでいう“一定の期間”とは、A社の職場や同一の事業所が、3年を超えて同じ派遣労働者を継続して受け入れることができません。これを〈3年ルール〉と呼びます。
派遣労働者として働き始める際には、派遣先と派遣労働者の間で、「3カ月」や「6カ月」といった「有期」雇用の契約を交わし、契約期間を更新していくことが一般的です。
【派遣労働者の「有期」雇用契約】
「有期」雇用の派遣労働者 → 非正規雇用の契約社員で、契約(雇用)期間に限りがある
「無機」雇用の正社員 → 正規雇用の正社員は基本的に定年まで雇用される【派遣労働者の雇用最長期間】
一定の期間を超えて派遣労働者を受け入れてはならない
(同一の職場・事業所の場合は3年を超えることができない)【なぜ「3年ルール」がある?】
「有期」雇用契約の派遣労働者等に対し、メーカーなどの雇用主に 「正規雇用」への転換を促すことを目的に、〈3年ルール〉が設けられた この〈3年ルール〉によって、派遣として働いている際の仕事ぶりや貢献度等の様々な条件を勘案したうえで、優秀な人材を社員に登用する事例が増えている
「労働者派遣法」で定められた〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉
次は〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉についてです。〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉という言葉だけではそのルールを理解しづらいので、ルールを図にすると以下のようになります。
〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉が定められた背景には、ごく一部の企業で行われた次のようなケースが問題になったことによります。
—— とある企業(図ではA社)が、正規雇用していた正社員をなんらかの理由によって退職させた後、派遣会社(労働者供給事業者)に転籍・契約させたうえで、A社に派遣労働者として引き戻した。
こうした事例によって、労働者の「賃金の切り下げ」や「労働条件や待遇の悪化」が問題視されたことで、労働者の働く環境を阻害する悪質な方法を防ぎ、労働者を適正に守ることを目的に、離職後1年以内に派遣として同じ会社に戻る(受け入れ)ことを禁止する〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉のルールが、2012年の法改正によって定められました。
〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉で、留意すべきポイント
〈派遣法第40条の9第1項〉
派遣先(企業A)は、当該派遣先を離職後1年以内の者を派遣労働者として受け入れてはならない〈派遣法第35条の5〉
派遣元事業者(派遣会社)は、派遣先(企業A)を離職した後1年を経過しない労働者を、派遣労働者として当該派遣先へ派遣してはならない
〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉は上のように明文化されていますが、派遣労働者本人のみならず、派遣労働者を雇う派遣先(企業側)も、以下のポイントに留意する必要があります。
〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止項目〉
◇直接雇用されていた際の雇用形態は問わない(正社員、契約社員等でも禁止)
◇当該派遣先に別の派遣元から派遣労働者として勤務していた場合は、該当しない
◇同一企業が禁止の範囲となるため、その企業の別事業所や別工場等で就業していた
場合も禁止制限を受けることになる。派遣先は事業所単位ではなく事業者単位で考える
◇雇用機会の確保が困難であり、その雇用の継続を図る必要性があると認められる
「60歳以上の定年退職者」は、離職後1年以内でも派遣が可能であり、禁止対象から除外される
法改正の内容を知ることも、労働者の必須のスキルに
今回は「労働基準法」と「労働者派遣法」の基礎ナレッジから、両者の関係性、さらに「労働者派遣法」に定められている〈3年ルール〉と〈離職後1年以内の労働者派遣の禁止〉について解説しました。
働き方改革に伴って、「待機児童のゼロ推進」「同一労働同一賃金」のルールの明確化や、男性の育児休暇取得率の向上も推進されていますが、今秋以降、賃金・手取り、税・社会保障を巻き込んだ“壁”に関する議論が活発に行われるようになったことで、今後は“労働”を取り巻く法律や税制が大きく様変わりすることが予測されます。
多くの人が法律や税制は難しい……というイメージを抱きがちですが、いま起きている議論にアンテナを張り、法律で定められたルールがどのように変わっていくかを知ることも、労働者にとって重要なスキルになります。何より、ルール変更を知らなかったばかりに損をした!ということは、誰もが避けたいものですよね。
—— 知らなかったことで損をしてしまった! あるいは、ルールの改正を知らなかったため法に抵触してしまった!……ということが起きないことを目的に、「Knowledge sharing!〈ナレッジ = 知識を共有しよう!〉」と題した本コンテンツでは、今後もお役に立つ様々なナレッジや情報リテラシーを発信・共有していきたいと思っています。どうぞご期待ください!